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福岡高等裁判所 昭和47年(ラ)78号 決定

抗告人 藤崎こと若山ヨシヱ

相手方 若山岩雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。

よって審按するに、一件記録によると、抗告人は、昭和四七年七月一日、抗告人と相手方間の福岡家庭裁判所昭和三七年(家)第一、五九三号婚姻費用分担審判申立事件の執行力ある審判正本を債務名義として、相手方が第三債務者に対して有する昭和四七年夏期賞与金請求債権の差押および取立命令を申請し、あわせて民事訴訟法第六一八条第二項但書に基き、右被差押債権額の二分の一に達するまで差押の範囲を拡張することの許可を求め、原審において、右拡張の申立を許可するとともに、右被差押債権の二分の一に達する額(但し差押債権額金六三万円の範囲内)につき差押および取立命令を発したこと、これに対し、相手方は、法定の差押範囲四分の一を超える部分につき差押を受くるときは、相手方の生活は窮迫の状態に陥る恐れがあるので、前記差押の範囲を四分の一にするよう求める「差押禁止拡張」なる申立をなし、これに基き原決定がなされたこと、が認められる。

相手方がなした右「差押禁止拡張」なる申立は、一見民事訴訟法第六一八条の二に基く申立のごとく見えるが、同条に基く申立は、同法第六一八条第二項本文により許容される債権(四分の一の範囲)が差押えられた場合に、同法第六一八条の二により準用される同法第五七〇条の二第一項所定の要件があるとき、債務者の申立により差押の許容範囲を法定の範囲以下に制限しようとする趣旨のものであって、本件のごとく、同法第六一八条第二項但書により差押許容範囲を拡張する決定に対し、債務者に認められた救済方法でないことは、その法条の文言に照らし明らかである。そして相手方の右申立の趣意とするところは、同法第六一八条第二項但書により差押範囲の拡張を許可したうえなした前記債権差押および取立命令に対する不服申立(執行方法に関する異議)であり、原決定は右異議申立を理由があるものとしてなした執行手続上の裁判というべきである。

しかして、論旨は相手方の第三債務者に対する前記債権の二分の一に達する額を差押えても、相手方の生活になんら支障をきたさないというにある。

一件記録および抗告人・相手方各審尋の結果によると、相手方は第三債務者より毎月金一七万六、八〇〇円の給与を受け、法定の公租公課を控除し毎月金一五万四、六七八円宛支給されているが、別途債権差押および取立命令により右金員の四分の一につき取立中であって、現実の手取額は金一一万六、〇〇〇円程度であり、これで家族六名の生計をおおむねまかなっていること、相手方は資産として相手方居住の家屋敷のほか、抗告人が居住している家屋を所有しているが、他方、銀行、保険会社、勤務先会社およびその共済組合、住宅金融公庫等より合計金五五〇万円余りの住宅資金を借り受け、その債務支払のため、右資産を担保に供しているところ、これら債務は月賦で弁済されるもののほか、夏・冬に支給される賞与金を引当にして弁済されており、本件差押命令により差押を受けた昭和四七年夏期賞与金の公租公課を控除した金四七万二、〇〇〇円程度より弁済すべき債務金は、福岡銀行に対する金二五万円、勤務先会社およびその共済組合に対する金八万二、〇〇〇円などその総額は右夏期賞与金の四分の三前後に及び(なお、四分の一は別途債権差押および取立命令により取立中。)前示債権差押および取立命令により夏期賞与金の二分の一を差押えてその取立を許容すれば、右債務の返済ができなくなり、相手方が給与生活者で他より返済資金を調達をすることは容易にできがたいことに鑑みると、前記資産に対する担保権を実行される可能性が大きいことが認められる。

かくては、相手方は現に居住している家屋敷を失いその生活関係を困窮せしめるばかりでなく、抗告人とその家族(抗告人と相手方間の子三人)が居住している家屋もうしない(なお相手方は右家屋を任意処分して資金調達をはかるやもしれない。)、その結果は抗告人らを路頭に迷わしめるおそれもある(抗告人は前記取立命令により増額される取立金によって右居住家屋の改修に充てたいというのであるが、取立の結果、右目的家屋自体を失うおそれがある。なお現住居を失い、他を賃借した場合には抗告人やその子の生活関係は窮迫の状態に陥ると認められる。)。

ところで抗告人は相手方の妻であり、相手方との間の子三名と同居しているが、相手方としては、抗告人および右子供三人の生活保持ないし扶養の義務を負担しなければならないのであるから、(婚姻費用の分担として、現にその生計費の一部を負担している。)民事訴訟法第六一八条第二項但書所定の債務者の生活関係は、右抗告人や子供の生活関係も含めて考察するのが相当と解せられる。

してみると、前示事実関係に照らすと、相手方の第三債務者に対する賞与金債権の二分の一を差押えその取立を許容した場合には、抗告人や抗告人と相手方間の子供の生活関係を含む相手方の生活が窮迫の状態に陥るおそれがないとは断じがたく、従って差押許容範囲拡張許可の要件を充足しないものといわなければならない。

よって、相手方の異議に基き、一旦認容した差押取立の範囲拡張許可を取り消し、その四分の一の額に限り差押と取立を認める趣旨に変更した原決定は正当であり論旨は理由がない。

その他記録を精査するも、原決定には、これを取り消すべき瑕疵は見当らない。

よって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢頭直哉 裁判官 藤島利行 前田一昭)

〈以下省略〉

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